味蕾へのワン・ツー

AKAIの外観

H
顕治さんの料理を食べる時、全身のセンサーがすごい敏感に働くんですよ。お店の構え、器、味の引き出し方、様々な要因はあるんですが、コースの流れに着目しました。

A
コースの流れを言うと、1品目はなるべく温かいものですね。初めて来るお客様にとってはウチで食べる初めての料理になりますが、そこで名刺がわりじゃないけど、自分の方向性を示せたらいいなと思っています。そういう意図もあり、なるべくピュアなもので胃を温めてもらいたいなと。お粥とか茶碗蒸しとか。2品目では、酸味のあるものが多いのかなと思います。そのワン・ツーでお客様の食事する身体の環境を整えるイメージですね。

N
温かい酸味ワン・ツー。

トラフグの白子のお粥と生カラスミ

H
舌で味を感じる仕組みは味蕾というものが作用しています。
その味覚のセンサーを調べたら、やっぱり口腔内の水分量が関係しているんですよ。乾燥していると濃い味を好み、敏感なセンサーが働かない。でも口内の水分量が多ければ、繊細な信号も感受できます。

顕治さんの1品目は、素材の味を生かした優しい味で、茶碗蒸しやお粥など水分量の多い料理ですよね。2品目は少し酸味のあるもの、その後咀嚼をするお料理へという流れが、水分と唾液の分泌作用で口内で味わう環境が整うと思うんです。

赤貝

N
なんならコースの流れの中で、終盤のメインの前にもう一度汁気のある料理が出てくるもんね。

A
感覚でやってましたね…

素材そのものの味を楽しむ為には、引き算の料理になります。その最初のワン・ツーが結構自分の中では大事にしているところで。そこから徐々にこう、旨味は強めていくんですね。

塩分や油分の蓄積も気をつけてます。例えば、定番のメイン料理で「スッポンのフリット」と「猪の肉団子の炭火焼き」があるんですけど、両方をひとつのコースで提供することは無いです。それぞれ肉の旨味がしっかりある1品なので、両方を食べてしまうと終盤の炊き込みご飯やデザートの流れ、食後の余韻が崩れてしまう。

H
AKAIさんの看板料理でもあるから、お客さんはどちらも食べたいと思ってしまいますよね。

A
確かに両方を提供したら、満足度は上がると思います。でも過去に提供した時にすごく違和感を感じて。

脳では美味しい!って一時的な満足度には繋がるかもしれませんが、身体には絶対に負荷がかかってると思うんです。脂質を含んだ旨みが凝縮されているものを1度の食事で重複して体内に入れる事になるので。

H
それは#01「美味しい」の構造の3つ目、報酬系を刺激することに近い原理って事ですね。

波紋が広がるような味わい

猪のソーセージ

N
報酬系を刺激する美味しいって世に蔓延してて。そっちに身体が慣れてしまうと、繊細な味わいは感受できないよね。

A
そこへのジレンマはやっぱあるんですよ。優しい味だね、綺麗な味だねっていうことより、弱いって評価されることもある。コストパフォーマンスが悪いみたいに言われることも。

自分の美学や哲学は貫きたいけど、でもやっぱり人間、良いって思ってもらいたいじゃないですか。お客さんに美味しいって思ってもらいたい。自分は美味しいと思って出してるから。琴線に触れられる料理や食事の時間を提供できたらと思いますね。

H
ずっとそのスタンスなんですか?

A
全体的なコースの流れや、食後感を意識するようになったのは去年の2021年ぐらいからですかね。引き算で素材の味を楽しむことは、2019年に「落花生のお粥」を作った時がターニングポイントでした。

ここ宮島を拠点に地元の食材に目を向けてる中で、前川農園さんの落花生に出会って、この落花生を活かす為にお粥に行き着いた。米と湧水と塩とオリーブオイルに落花生、この5つの要素で出来上がるんですけど。旨味になるものを足してないんです。昆布やカツオ、鶏など、そういう旨味の出汁となる部分も使ってない。落花生から出る味のみでまとめてるんですけど、地元の物だけで引き出したその味わいがしっくりきたんです。食べた後に、食材の美味しさがじわーっと伸びていく美味しさ、身体にゆっくりと染み渡るような。

魅力を感じたというか、こういう心地が自分は好きなんだな、できればこんな料理を作って行けたら自分はすごく満足するなっていうね。

N
いまの話で質問が。素材自体の魅力を引き出すことが、顕治の言う「体に染み渡るような伸びていく味わい」に繋がっていくと思うんだけど。その感覚を見つけることや気づく秘訣みたいなものはある?

A
うーん…癖付いてるのかな。食べに行く時も、自分の料理を味見する時も。

イメージとしては、情景を思い浮かべるとですね…。波がたってない池や湖の前にひとりで立っていて、その水面に雫が落ちる感じ。意味分かります…?

まずニュートラルな自分がいて、食べ物が身体に入ってきた時に、静かな水面に雫が落ちて波紋が広がる感じ。仕込み時の茶碗蒸しやお粥などの1皿目の味付けする時がまさにその状態、毎日そんな感じです。

H
とても繊細ですね。その雫が食材のもつ美味しさ、広がっていく波紋が伸びていく味わいで、それらを細部まで感じるには、ニュートラルな精神が必要なんですね。

A
茶碗蒸しの場合、卵と出汁の割合は数字で決まってるんですけど、卵も出汁も、それを扱う自分自身の状態も毎日違う。ある時は薄口醤油をほんの数滴入れるし、今日は醤油要らないなっていう時は塩だけで味をもっていったりもします。ちょっと甘みがいるなっていう部分では砂糖だったり、みりんだったり入れる時もあるし。

その茶碗蒸し等の1皿目の味付けが、最も自分の心と向き合っている状態だと思います。
他の料理って、割と営業中に最後の味を決めてるんですよね。でも、茶碗蒸しに関しては、仕込みの時に味を決めなきゃいけないんですよ。だから最終チェックがそこなんですね。で、その茶碗蒸しに求めているところが正に、伸びる味わい。自分の口の中通っていって、その広がる味を求めているので。心の中では、森の中の湖の前で目をつむって精神統一してるような感覚なんです。。

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