忘れられない茄子

プリン

H
顕治さんにとって、素敵だなと思う食事の風景ってありますか?

A
パッと浮かんだのは、幼少期の頃に家族全員で食事をしている風景。母親は料理がすごく上手で、食材も拘ってて、調味料も良い物を取り寄せて作るような感じなんです。だから、幼少期からナチュラルな食材に触れていたのは間違いない。別に高級食材とかではなく、野菜も肉屋も魚屋も地元の新鮮なものを選んでました。毎日食事の時間が楽しみだったのも覚えてますね。

器に関しても、両親ともめっちゃ器が好きで、毎月のように京都に器を見に行ったりするような人達なんですよね。幼稚園ぐらいの自分も連れて行かれてて。これはめっちゃ楽しくないです。退屈すぎて地獄でしたね。

N
どこに違いがあるかも分からないし、気軽に売り物に触れないしね。笑

A
なので素敵だなと思う食事の風景は、料理が1つの要素となって会話が生まれたり、豊かな時間が流れている様子。ウチの店でも、そういう状況に立ち会えると店をやっていて良かったなと思いますね。逆に、料理が出てくる合間にコミュニケーションもなく、携帯を触る夫婦や組が一定数いるのも事実です。

H
それは食事の体験として勿体無いというか、寂しくなっちゃいますね。味わえるものはたくさんあるのに。

それに関連して、顕治さんが「美味しい」や「素材の味を楽しむ」っていうところに惹かれることになった原体験はありますか?

A
僕は、幼稚園の年長の5歳時に三重県のとある施設で1年間暮らすことになったんです。そこは結構山の中にあり、家畜を飼っていて、鶏の集卵や豚の小屋の掃除をしたりしました。あと、野菜もその地域で自分達で育てていたんですね。その村で自給自足を生活するような場所に。親と離れて1年間知らない人と共同生活した経験があるんですね。

N
その歳の1年間、親から離れるってすごいね。発狂しそう…。

A
そう、今でもめっちゃ覚えているのが、夏に自分達の畑でできた茄子を収穫し、その場で包丁で十字に切れ込みを入れて、その割れたところに塩して揉んで食べるんですよ。

…めちゃめちゃ美味しかった。その時の茄子の瑞々しさっていうのは原体験としてあると思います。キュウリとかトマトもその時に食べてるんですけど、それらが瑞々しいのは想像できたんでしょうね。それに、自分が小さいながらも、茄子は火を入れて食べるものっていう認識をしてたんだと思います。なので、切って塩しただけの、自分が今まで知らなかった茄子の味が、その記憶が今でも鮮明に覚えているので、その体験が今の自分の味覚を形成しているのは、間違いないと思います。

H
私も忘れられない経験と言うのがいくつかあって。些細な出来事だけど身体が覚えてて、人生を支えるというか、影響し続ける事ってありますよね。

負荷がもたらす体験

A
街中で育っていたから、自然の中での畑や生き物と寄り添う暮らしっていうのを体験してほしかったのかなと思うんです。その時は、将来そういう影響を与えるだろうと思って親も行かせてないとは思います。ただ、何となく良い時間になりそうだなと思ってくれたんでしょうね。詳しいことは分かんないですけど。ただ1つ確実に言えるのは、あの頃、あの状況下で食べた茄子が自分の心を動かしたって事です。要は、感動している状態ですよね。

N
顕治の中で、心を動かす程の体験をするってどういうことか何か定義みたいなものはある?

A
持論ですけど、良い体験をする為には自分自身に負荷をかけるべきだと思っています。不自由なところに足を突っ込むというか。僕にとっては料理の勉強でフランスへ行った経験も、言葉が通じないことがどうしても不自由でした。そもそも考え方も方法論も全く違う文化で。

日本人は労働時間が長いことが美学になっている節があるのに対して、フランス人はメリハリがめちゃくちゃあるんですよね。その分、雑なところもあるけど。でも働く時は働いて、早く帰るためではあるけど、片付けがめっちゃ早かったり、効率を上げる為の工夫も沢山する。

僕の場合は異文化ですが、自分の尺度が揺らぐような負荷をかけると、自ずと問いが生まれるじゃないですか。問いが生まれることによって、必ず答えを導き出そうとする。自問自答するっていう状況が、その人を作り上げていくと思います。

今の料理に繋げると、地元の食材を優先したり、畑の野菜だけで料理を考えるっていう風に決めることも、最初は負荷かかってくるんです。もっと選択肢を増やした方が、できるものは増えてくるので。でも、敢えて制約を設けて狭めていくことで、順応してくる自分もいるし。そして、どんな状況でも工夫して、最善の答えを見つけれるようになるんですよね。

N
顕治は年長の時にどえらい負荷をかけられてるもんな。

A
だって親と1番会いたい歳頃じゃないですか?それが1年間会えないってめっちゃ寂しいんですよ。知らないところに行って知らない人達と生活する訳なんで。ただ、結果的にどう考えても自分にはプラスに働いているんですよね。将来。

H
それは顕治さんの感覚が開いていたんでしょうね。

A
そうですね。負荷をかけるとか不自由なところに足を突っ込むと、全身の感覚を使わないといけないですよね。危険も可能性も察知しないとだし、感性が鋭くなるというか。

N
普通の人は大人になったら段々と負荷をかけない、リスクを負わない生き方を選択している気がする。

A
守りに入るじゃないですか。だから僕は、ある程度の型が固まってきたら、すぐ壊したくなるのはそういうことかもしれないですね。止まりたくないが故に…。

N
顕治や今この瞬間に熱狂している人たちって、そういう状況に持っていくこと、負荷をかけることの楽しさを知ってるもんなぁ。

これからも自分自身に負荷をかけて生まれた感覚で、僕たちの身体に負荷をかけない心地よい食後感のコースを楽しませてください。

A
なんか上手いこと言ったって顔で締めないでください。笑

左)ノム、中)ハルカ、右)赤井顕治